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竹の子書房【クリスマス企画】へのおはなし [オリジナル小説]

記事を書くのはずいぶん久しぶりで、なんだか申し訳ないような気持ちですが^^;

前回、前々回の企画にはお話を投稿出来なかったので、恋愛小説には欠かせないクリスマスネタwということもあって、参加させていただくことにしました。

今回のお話は、竹の子書房より刊行されている無償電子書籍『玉手箱 ガーデン(BL)』に収録されております拙著『シクラメン』のリライトとなります。

同じ花を見つめる二人が、そのときどんなふうにお互いを思っていたのか、あわせてお楽しみいただければ幸いですv

 

「ありふれた、かけがえのないもの」

 

「ワリぃ。俺、彼女できたんだわ」
 告白されて付き合い始めてから半年あまり、切り出された別れは唐突だった。
 何で?
 どういうこと?
 そもそも告ってきたのはお前のほうだよね?
 おかしいでしょ?
 彼女って何よ?
 一瞬でいろんな回路を使った俺の頭は、それ以上のことを考えられなかったらしい。
「……分かった」
 自ら口にしたはずの答えが、どこか遠くから聞こえてくるようだった。
 受け入れるも何も、現実は想定外過ぎて、自分のこととも思えなかった。
 嫌だ!って泣いてすがるとか、不誠実だとなじるとか、ましてやその彼女とやらと対決するとか、考え得る選択肢は笑ってしまうほど陳腐だ。
 世間的には俺とあいつとの関係こそが気の迷いで、どんなに酷いシナリオだろうと、ヤツは正しい選択をしたことになる。
 だから、明確な終わりを告げられないまま俺たちは別れた。
 街路樹の銀杏が色づき始める頃に。

「にしても、ヒデェよなぁ」
 社員食堂の窓辺に、紅白紅白ときどきポインセチア、と並べられたシクラメンの鉢植えを眺めながら溜息をつく。
 同じ社内にいるはずの元恋人は、あの日以来姿を見かけない。
 大方、俺と不用意に出くわして嫌味を言われるのが嫌だとか、そんな理由なんだろう。
 イベント好きな男だったから、人前で堂々といちゃつける彼女ができて、クリスマスはさぞ楽しいことだろうと思う。
 そして、そんなある意味当たり前の幸せを叶えてやれなかった自分は、やはりパートナーとして失格だったのだ。だからフラれても仕方がないのだと言い聞かせる。
 物分りのいい言葉とは裏腹に、俺は納得なんてこれっぽっちもしていなかったし、ささやかなプライドが邪魔をしなければ、どんな復讐もためらわないくらいには、ヤツを恨んでもいた。
 俺をこんなふうに孤独の中に叩きこんでおいて、自分だけ人並みに幸せになろうとか、どんだけわがままなんだよ。
 けれどその恨み言は、同じ結論へと回帰するのだ。
「ヤベ、泣きそう」
 慌てて上着のポケットを探ったけれど、ハンカチも、街配りのティッシュすらなかった。
 グスグスと鼻を鳴らしていると、目の前に可愛らしい動物の顔がついたティッシュが差し出された。
「どうぞ。アレルギー?」
「……そんなとこ」
 ありがたく受け取り顔をあげると、隣の課の安藤が腕組みをして俺を見下ろしていた。
「まさかインフルじゃないだろうな?」
「違う、違う。なんか急に鼻がむずむずしてさ」
 そんないいわけをどう受け取ったのか、安藤は俺の前のトレーを指さす。
「食欲もないみたいだし、体調悪いんなら早めに対応しといたほうがいいぞ」
「ホントに大丈夫だって」
 苦笑で返した俺に、安藤は意外なことを言った。
「三井、シクラメン好きなのな。近頃いつも見てる」
 いきなり核心に触れられたようで、すぐには言葉が出なかった。
 同じフロアにいるし、同期だから社内で会えば雑談くらいはするけれど、まさかそんなふうに指摘されるとは思ってもみなかった。
 確かにこのところ、うつむいて咲く花の姿に自分を重ねているところはあったかもしれない。
「うん、まあ」
 言葉を濁し、視線を落とす。
 まともに目を合わせられない。安藤が何かを知っているとも思えないが、こんなみっともない状態の  俺に気づいてほしくなかった。
「とにかく、体調管理は十分にな。クリスマスイブ、当直だろ?」
内容はともかく、意地悪く笑いながら言う安藤に、ふくれっ面をしてみせる。
「なんで安藤が知ってんだよ」
「俺もだよ」
「ぼっち仲間じゃねえか!」
 思わず安藤を指さして大笑いした。
 俺も安藤も、夜間緊急配送のある部署とは別部署なのだが、さすがにイブともなれば人出がなかったらしい。
 予定がなくなったのですすんで引き受けた俺とは違い、安藤は心底嫌そうに溜息をつく。
「勝手に仲間にすんな」
 それからふと目元を和らげる。
「元気出たか?」
 ぐっと詰まった俺に二つ目のティッシュを投げて寄越し、安藤は席を離れた。
 俺は心許ないような、ほっとしたような気持ちで、その後姿を見送ることしかできなかった。

「また見てる」
 仮眠をとるという安藤と、食堂までカフェインの補給にきた俺だったが、その言葉にどきりと身体をすくませた。
 安藤の視線の先には、街の灯に照らされたシクラメンの鉢がある。
 世間はクリスマスイブ。
 連休の中日でもあり、家族なり恋人なり、大切なひとと過ごすのがセオリーだろうに、俺達ときたらこんな夜更けまで仕事中だ。
「そう、だっけ?」
 自分でもギクシャクしているのがわかったが、取り繕うのも不自然なような気がして、ついに本音を漏らした。
「シクラメンてさあ……うつむいて咲くだろ?」
 テーブルに頬杖をつき、視線は真っ白な花弁に留めたままで俺はつぶやく。
「そんなとこが、なんかさ、可哀想でほっとけないだろ」
 言ってしまってから、恥ずかしさで顔が熱くなった。
 これではまるで、可哀想な俺だから慰めて欲しいと言っているみたいだ。
 もちろん安藤はそんなこと思いもしないだろうけど。
「そんな感じ」
 強引に結論づけて、この話はここまでだと釘をさした。つもりだった。
「三井は優しいな」
 いつもとは違う、甘く鼓膜にしみこむような安藤の声に、今度は疑いようもなく鼓動が跳ねた。
 勘違いするな!と自分を諌めながら深呼吸する。
 同僚の、単なる気遣いの言葉を、それ以上にとらえたっていいことなんかひとつもない。
 それなのに、安藤は追い打ちをかけるように続ける。
「優しいってことは傷つけられやすい、ってことだから、色々辛いんだろうな」
 声を出すこともできないほど胸の内が引き絞られた気がして、知らないうちにしゃっくりみたいな変な呼吸をしていた。
 安藤は、気づかないわけがないのに、何もなかったように立ち上がって腰を伸ばすと、寝るわと言い残して食堂を出ていく。
 残された俺は、わななく息を整えることだけで精一杯だった。

 神様なんて信じていない。
 奇跡はめったに起こらないから奇跡なわけで……
 それでも今夜、俺の上にもたらされたこの出来事を、そう呼ばずになんと言えばいいのだろう。
 しんと冷えてゆく室温と反比例するように、心のなかに広がる温もり。

 天使はあんがい近くに、いるのかもしれない。

 

 

 

 


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