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竹の子書房での創作 [オリジナル小説]

私の所属する竹の子書房では、ツイッター上でのふとしたつぶやきから企画が生まれることがままあります。

今回私が書かせていただいたお話も、ある日そんな風にして生まれました。

画課所属のとんさんが幼き日に書かれた童話を下じきに私が文を書き、それをもとに、とんさんが装丁画と挿絵を描かれるという、入れ子構造の作品になる予定です^^

実は私が一番完成を楽しみにしているのです。

以下、自主校正のみのベータ版ですが、読んでいただけたら幸いです^^

深い森の奥、人と出会うことも殆どない自然の懐で、その兄弟は暮らしていました。
兄と歳の離れた弟は、この地で稀少な薬草を採り、それを売ってささやかな生計の道をたてていたのです。
幼い弟を抱えて、兄は、朝早くから夜遅くまで働き詰めでした。
薬草は、夜露のかわかないうちに集めなければなりません。
日の出とともに、幼い弟を寝床に残したままそっと家を出ると、夏でも冷涼な山の空気は身体をすくめるほどに冷たいのです。
木の蔓でで編んだかごに、雑草の中から薬草を択んで摘んでいると、いたずらな野ばらや刺草が指を傷つけます。
ですから、兄の手はいつもガサガサに荒れていました。
けれど兄は、痛いとも辛いとも言ったことはありません。
口に出したところで、自分たちを守ってくれるものが誰も居ないことを、よく知っていたからです。

なぜ自分たちがこんな生活を強いられているのか、すべてを理解しなくとも、兄にはおぼろげにわかっていました。
いつにない長雨で、翌年の種にする穀物まで食料にせねばならないような年があり、その夏この兄弟はここに置き去りにされたのでした。
弟はやっと歩き始めたばかり。
僅かな食料と一枚の毛布だけを財産に、二人の生活は始まったのです。
母を恋しがって泣く弟を、兄は黙って抱きしめることしか出来ませんでした。
食料はすぐに尽き、あとは森の恵みだけを頼りに命を繋ぐ生活。
子どもたちを捨てた親も、じきにその生命が奪われることを予想していたに違いありません。
けれど兄弟は生き延びました。
偶然出会った旅人に薬草の存在を教えられた兄は、それを採って売るという仕事を得、なんとか弟とともに生きることを許されたのです。
それでも、自然とともにある暮らしは厳しいものです。
食べるものは乏しく、着るものも住まいも粗末なものばかり。
病気や怪我をしても、頼りになるのは薬草だけ。
街に行けば医者はいますが、果たして貧しい子どもの面倒を見てくれるでしょうか?
それに、街には色々なものがあって、それぞれに自分たちには思いもよらないお金がかかることを、兄は知っていました。
だから弟には、この森の外の世界を教えたくないと、兄は思っていたのです。
霧の深い夜には、遠くから教会の鐘の音が聞こえてきます。
それは兄にとっては懐かしく、弟にとっては不思議な音でした。
深夜、誘われたように目を覚まし、はるか麓の音を聞くとき、兄は声を殺して泣きました。
兄には親の思い出も、街の記憶もありましたから、それらすべてをなくしてしまったことを、悲しまずにはいられなかったのです。
それに、薬草を買い付けに来る商人の話では、公主様に跡継ぎがお生まれになり、近々お祝いの祭りが開催されるとのこと。
比べるべくもないと頭ではわかっていても、兄の心は揺れ動きました。
自分はまだいい。親に育てられた記憶があるだけ幸せなのだと思うことができる。
けれど弟はどうだろう?ふたりきりでの貧しい暮らししか知らないではないか?
「にいちゃん、『こうしゅさま』とか『およつぎ』って誰のこと?『おまつり』って何?」
商人との会話を聞きかじったらしい弟の問いに、兄は答えることができませんでした。
「なんでもないよ。早く寝ろ」
そう言って弟を無理に寝かしつけながら、実は自分に言い聞かせていたのです。
楽しいことなど何も知らない弟に、せめて祭りを見せてやりたい。反面、知ってしまったら、自分たちの不幸が耐えがたいものになってしまうと、兄は葛藤しました。

数日後、いつもの商人がひょっこり顔を見せました。
「祭りは今日だぞ。お前も街に降りて商売したらどうだ?夜には花火も上がるらしいし」
兄がその言葉を遮るより早く、弟は聞き返しました。
「『はなび』って何?」
「花火っていうのはな、空の星が何倍何十倍も明るくなったようなもんだ。キラキラして、そりゃきれいだぞ」
商人に悪気がないのはわかっていました。弟を喜ばせようと、話をあわせてくれているということも。
でも、求めても手に入れられない幸せの話は、時として罪作りです。
「お前はそんなこと、気にしなくていい!」
兄は、商人も驚くほどきつい口調で、弟をしかりました。
弟はびっくりしたような顔のまま、しばらく動きませんでした。
そして、目の縁にたまった涙をごしごしと服の袖で拭い、森の奥へと駆けて行ってしまいました。
商人は気まずそうに黙って、いつもより多めの代金を置いて帰って行きました。
一人残された兄は、日が暮れるまで黙々と働きました。
心の中は後悔と不安でいっぱいです。
なぜあんな言い方をしてしまったのか、誰も何も悪いことなどしていないのに……
いつもより弟の帰りの遅い事に気づき、自分を責める気持に押しつぶされそうになった頃、軽い足音とともに、弟が帰って来ました。
暗くなって戻ってきた弟の小さな手には、木苺がたくさん摘まれています。
貴重な甘味で、兄の好物だということを覚えていたのです。
「これ!頑張って見つけたよ!」
得意げなその顔を見た途端、兄は弟をおぶって走りだしていました。
弟には歩かせたことのない、麓の町へ通じる道です。
「にいちゃ……いちご、落っこちる」
「しっかり捕まってろ!」
ただでさえ暗い山道を、弟を背負って走るのは、さすがの兄にも大変なことです。
それに、今から山を降りても、祭りには間に合わないだろうことはわかっていました。
けれど、どうしてもそうせずにはいられなかったのです。
ずいぶん走って山の中腹にさしかかろうという頃、急に目の前が明るくなった気がしました。
「にいちゃん!あれ!」
商人の言葉通り……いえ、それ以上にきらきらと輝きながら、火の粉が落ちていきます。
木々に遮られてどのくらい大きいのかはわかりませんが、真の闇の中で、研ぎ澄まされたように美しい花が咲いていました。
「ここからじゃ、よく見えないな……」
後悔と疲れの滲んだ声で兄が言うと、弟はそれには答えませんでした。
初めて見る花火に、心を奪われていたのです。
「これが『はなび』?」
しばらくして、ささやくような弟の声が耳のすぐそばで聞こえました。
光の花が咲いて、随分遅れてポンポンという音が聞こえてきます。
「そうだよ」
弟を背負ったままで、兄もつられて小さな声で答えました。
「きれいだね……あ、今の、いちごの色だったね!」
その言葉で、弟が木苺を握りしめていたことに気づきました。
半分潰れかけた赤い果実は、幼子の体温に温められて甘い匂いを放っています。
「にいちゃん、一緒に食べよう?」
無邪気な声に、不意に兄の胸はつまりました。
それは、とてもひとことでは言い表せない、複雑で曖昧な気持でした。
けれど、ここにある温もりがとても大切なものだと、兄はあらためて感じていたに違いありません。

だから、黙って森の斜面に並んで座りながら、兄は、弟の頭をそっと撫でました。

~終~

 


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